殺人鬼フジコの衝動

http://s.ameblo.jp/report-atbkingdom/entry-12016345013.htmlに加筆修正を加えたものです

そもそもなぜ私はこんなにもこの作品に執着してしまうのか。他の舞台に対してはTwitterで「あのシーンの◯◯めっちゃかわいかった〜」とか、「◯◯サイコー」とか適当な短い感想しか書かない。DVDを買っても2、3回観たら棚の奥にしまってしまう。そんな中この「殺人鬼フジコの衝動」に対してはブログで長文の感想を書き、それだけでは飽き足らず数ヶ月後の今、観劇後に書いたレポに加筆修正を加えようとしている。純粋な楽しさでいえばもちろんホストちゃんなのに、後味は悪く、大好きな若手俳優もそう多くは出てこないこの作品にどうしようもなく惹かれてしまうのは、やはり主人公フジコに自己を投影するためだろう。フジコは私にとって大嫌いで大好きで、憧れであって侮蔑の対象であって、どうしようもなく愛おしい。フジコは自分であるとも言えるし、自分はフジコになりきることができないとも言える。

ここからは事件の顛末や詳しいあらすじは省き、フジコという人物についてのみ記述しようと思う。もちろんストーリー自体も最高におもしろくて、とくに最後のどんでん返しは今までにみたどんな舞台よりも「おぉ〜〜!!」ってめっちゃ驚嘆の嵐だった〜〜〜!!「やられた!」と思った。公演時間にまでトリックがあるとは。詳しくはDVDで確認してください。


「殺人鬼フジコの衝動」は簡単に言うと受け継がれた業(カルマ)から逃れられなかった美しく悲しい女の母娘三代に渡る物語である。学生時代、保険のセールスパーソン時代、クラブ時代の三部構成になっている。

まず第一部、一家惨殺事件後の転校先の小学校から高校を卒業するまで。ただ「幸せ」に生きたかっただけのフジコがどのようにして殺人鬼となってしまったのかが伝わってきた。
転校先での自己紹介、うまく自分を表現できず(あるいは表現すべき自己を持っていない)不安そうに話すフジコの姿が印象的だった。その後の学校生活では、自分の意思なんてどこにもない、ただひたすら周りのクラスメイトにあわせ、クラス内のヒエラルキーでなるべく上位の、大多数の層に属し、何事もなくやり過ごそうとするフジコ。いつもおどおどしていて強気な子、人気のある子の機嫌を伺い行動する姿は悲痛だった。クラスでの自分の立場を守るためにカンニングと、クラスで飼ってる鳥を殺したところを目撃した相手を殺したのが初めの殺人だった。連続殺人犯という設定から、「どうせ殺人動機なんかあってないようなものなんだろう」と思っていたが、主演・新垣里沙の役に憑依されたかのような演技、リアルさを追求したイジメの描写から動機を理解するだけではなく感情移入までもしてしまうほどだった。だってしょうがないじゃん!いじめられるのこわいし、目立つのもこわいじゃん!こわいんだもん人間って!!私は小学生のころ周りの目を気にするあまり人と全くしゃべることができず、クラスに心を開いた相手が一人だけいたのでその人に全部代弁してもらってたからめちゃくちゃわかるわけこの恐怖ってやつ。むしろこの気持ちがわからないならこの先読んでも時間の無駄なのでブラウザバックしてください。フジコにとって殺人自体が目的へとすり替わっていくことなく、殺人は常に手段であった。その後の殺人すべて通じる「幸せを邪魔する者は排除する」という動機は純粋で、悲痛で、筋が通っていて美しいと思った。フジコにとっての幸せとは周囲の人に羨まれる生活だった。

そして第二部、成長したフジコが高校を卒業し保険のセールスパーソンになる。退屈で人の機嫌をとるだけだった学生時代を終え、これからは自由に生きると上京し、新たな人生をスタートさせる。しかし仕事は上手くいかず、ヒモ男に貢ぐ毎日。フジコの彼氏であるヒモバンドマンを演じたのは藤田玲。このヒモ野郎がとにかくかわいかった。バンドをやってはいるが売れず、フジコに金をせびり、暴力を振るうとにかくクズなのにどうしてこんなに憎めないのだろうか。こういう女にだらしないクズは基本的に女慣れしてて一見かっこよく感じるのですぐ好きになっちゃう。わかる。あとこのクズ男に流されるままセックスするフジコまじきちい。しかしヒモ野郎、なんとフジコの友人のアンナと浮気をする。まぁ~~このアンナが!アンナが!死ぬほどムカつく!こういうCanCam読んでそうで、頭の中にふわふわパンケーキ詰まってて女同士で「かわいい〜〜!」とか下らないお世辞言い合ってそうな女。最終的に「フジコとの友情をとる」とヒモ男と別れようとするも、逆上したヒモ男に殺される。ここからのフジコの美しさは筆舌尽くし難い。「わたしのかわいい男の子」と、ヒモ男を庇い淡々と、そして楽しそうに(ヒモ男を守れるのが嬉しいのだろうか)死体を解体するフジコの狂気的で倒錯的な美しさ、どこまでも愛を貫く純粋な美しさは最高だった。どれだけクズでも好きな男は守ってしまう母性本能。わかる。

そして第三部。整形を繰り返し完璧な美貌を手に入れたフジコ29歳、クズヒモ男と娘を捨て新たな人生をスタートさせる。クラブに勤務し、金を持った男と結婚し、ブランド品を買い漁り、人を殺し、その金で整形を繰り返す。今度こそ幸せになれると思ったのに。叔母の「あなたってかわいそう。男で失敗して、いくら整形したりブランドものの化粧品で美しくみせてもそんなのは幸せじゃない」という言葉に揺さぶられる。その後バブルが崩壊し、それまでの生活は一変する。どうやっても、なんど人生を再スタートしても、うまくいかない。幸せになれない。殺人まで犯したのに。

この作品は自分にとって劇薬のようなものだ。自己を投影しつつ、こんな風に生きたいと願いつつ、こんな風に美しく生きても結局幸せにはなれないと悟る。フジコのように生きられない絶望、たとえフジコのように生きても幸せになれないという絶望、絶望のダブルパンチや〜〜〜!!!私もフジコみたいに信念通して、手段を選ばず、殺人すら厭わず、強く生きたい。でもそんな風に生きても結局幸せにはなれない。一体どうすればいいんだ。正直この作品をシラフで観るのはキツイのでいつも大抵アルコールを摂取しつつ観る。(そのため一部記憶が怪しいところがあるので、DVDと照らし合わせて間違ったことを言ってても許してください。)この間なんて焼酎飲みながら観てたら飲みすぎてゴミ箱に頭突っ込んで吐いてた。険しい。人生は辛い。
人生の辛さを味わうためにこの作品を観てるとも言える。それが正のベクトルでも負のベクトルでも大きな情動っていうのは病みつきになるもので、まんまと私はこの作品にはまっています。
多分フジコも私も必要以上に周りの目を気にしてしまうのがいけないのだと思う。他人から羨まれることが真の幸せではないってことに気づくことができない。っていうかそういうのを幸せだとは思えないことが幸せなれない理由なのではないかと思う。だってブサイクだけど優しくて自分を大切にしてくれる人と子供産んで無事に育ててみたいな生活、幸せだとは思えないもん。金稼いで整形して散財して自由に生きて、なおかつかっこよくてお金持ってる男と結婚したい。羨ましがられたい。
なんにせよもう幸せになるのは無理かな?って気がしてるけど、フジコみてるとこういう幸せなれない女って他にもいるよなあって安心するところもあるので「殺人鬼フジコの衝動」サイコーーーー!!!

そんな感じです。